中小企業政策・施策の体系性

 中小企業診断士の試験では、「中小企業政策・施策」という分野が重要科目の位置を占めている。
 現在は、多肢択一式のマークシート試験において政策・施策が問われるだけだが、かつては中小企業施策単独で記述式科目を構成し、600字の論述問題などが課されていた。


 論述問題で点を取るには、与えられたテーマに沿って適切な中小企業施策を横断的に挙げ、なおかつ理路整然と説明を加えなければならない。
 そのための対策として、中小企業施策の体系を覚えることが有効と考えられていたそうだ。たとえばベンチャー企業の支援策なら、ベンチャー支援のための一連の法律名と、各々の法律において提供されている具体的な支援策群を覚えるわけである。


 ここで気をつけるべきは、「体系」と言っても六法全書のような法体系に則って支援策を覚えるわけではない点である。それでは試験(往時も現在も)で役に立たないし、現実のベンチャー支援においても具体的な場面で使える知識が出てこなくて困るだろう。
 たとえば補助金・税制・直接金融・間接金融・債務保証という支援策が規定されている場合、これらはいずれもおカネの事柄という点で共通しているが、特に体系性を有しているわけではないように見える。具体的な場面でこれらを選択しあるいは併用することができる手段や制度の集合体にすぎない。
 このような互いに併用や交替が可能な選択肢の関係にある施策群でグループをなし、グループ相互で共通点(ベンチャー支援法だとか商店街活性化対策だとか)のあるもの同士がさらに大きなグループをなし・・・という具合に、中小企業施策の「体系図」は成り立っているのである。
 これは、たとえば数の体系――自然数・整数・有理数・実数・複素数――などに見られる体系とは事情が異なる。現実の適用に根ざす施策ならではの特徴である。


 ところで“現実の適用に根ざす施策”というと、政治家(故人)から興味深い例を引くことができるので紹介しておこう。文筆家の立花隆氏が著書『田中角栄研究』で論断した、故・田中角栄元首相(田中真紀子代議士の父)である。

 官僚たちが彼にくだす評価は、おおむね、
「われわれでは考えも及ばないことを考えつく。全く異質の独特の考え方をする」
 というものである。これをプラスに評価する人は、ユニークな発想の持主といい、マイナスに評価する人は、単なる思いつきしかできない人という。
 これは、体験則でできている彼の頭の回路と、確固とした知識の体系ができ上がっている官僚たちの頭の中の回路の異質さを示すものだろう。これを、ある高級官僚はこう表現した。
「われわれ役人の頭は、法律の体系のようにタテ割りの知識体系になっている。ところが、彼の頭はそれがヨコにつながっている。法律の知識にしても、土地に関することなら、それに関連する法律が全部具体的なケース付きでヨコにサッと出てくる。具体的な土地取引をやったことがないわれわれには、想像もつかないヨコの結びつきが法律同士の間にあるということがわかる。一事が万事そうで、具体的発想、具体的知識では役人がとてもかなわない。しかし逆に、マクロにものを見るとか、抽象的に考えるとか分析するとかといったことはまるできないし、興味を示さない。だから、財政投融資計画とか、経済何ヵ年計画とかには全然興味がない。住宅建設計画ならどこにいつどれだけ建てるというレベルになって猛烈な興味を示す。経済企画庁の課長を呼びつけて、麹町の土地は坪何百万円するのにマンションが建っている。あんな地価が高いところでどうしてマンション経営が成り立っているのか、きみ行って調べてきてくれ、といったりする。具体的に具体的にとしか頭に入らない人なんですね。それだけに目の前の具体的現実問題の解決能力は抜群だった」


 立花隆田中角栄研究 全記録 (下)』,講談社,1976:318-319頁より


 これは、まるで近頃流行のfolksonomyフォークソノミー)なる概念を地で行く発想法ではないか。
 体系的思考に拘泥する官僚たちを尻目にして、「一事が万事」「全部具体的なケース付きで」「ヨコにつながって」「サッと出てくる」のだから。


 現代に生きていれば、ベンチャー支援など各種の現代的利権の施策博士となっていたことは間違いなかろう。またひょっとすると、“歩くフォークソノミー”として、先端的なはてなッ子たちの熱い注目を集めている可能性もある。


(記)id:ululun氏とid:santaro_y氏の問題提起に刺激を受けて書きました。